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福岡高等裁判所 昭和37年(う)152号 判決 1963年2月19日

控訴人 被告人 小川義人

弁護人 鶴和夫 外二名

検察官 有重保

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入する。

但し五年間右刑の執行を猶予する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人鶴田常道が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人及び弁護人堤千秋、同鶴和夫各自提出の控訴趣意書(控訴趣意補充書共)に記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人鶴田常道の控訴趣意第一点第二点、弁護人堤千秋の控訴趣意第一点第二点、弁護人鶴和夫の控訴趣意第一点について。

しかし、原判決挙示の関係各証拠によれば原判示第一事実は優に認められ、右証拠に原審において取調べた小川百合子、小川博の検察官に対する各供述調書、城口操の司法警察員に対する供述調書、当審証人小川文夫夫、小川百合子の各証言を参酌して更に敷衍すれば次の各事実が認められる。すなわち、

一、被告人の長男小川文夫、次男小川博、長女小川百合子は昭和二七年京都市に大阪穀物取引所仲買人小川商事株式会社を設立し、文夫が代表取締役社長に、博が専務取締役に、百合子が監査役に就任して同会社を運営して来たが、昭和三〇年初頃名古屋市に同会社名古屋出張所を開設したので爾来小川文夫は同会社京都本社の経営一切を小川百合子に一任し自らは右出張所に赴いてその営業に専念して来たのである。

二、一方、被告人は極端に投機を好み途方もない相場に手を出すので、これを警戒する文夫と折合が悪く、昭和三〇年四月頃炭坑経営を思い立ち、同人より一五〇万円の資金を貰つて福岡市に来たのであるが、投機好きの被告人は炭坑経営に興味を覚えず、同年六月初頃同市住吉宮前町に大阪穀物取引所仲買人小川商事株式会社出張所の看板を掲げ穀物清算取引の取次を始め、次いで小倉、熊本その他に同出張所や連絡所を設けて右営業を営んで来たのである。

三、しかし、被告人が小川商事株式会社の名義を用いて右営業をなすことは同会社代表取締役小川文夫の意思に反し同人の許容しないところであり、従つてまた同人の右真意を知つていた京都本社の経営担当者小川百合子の本意にも副わないものであつて、このことはまた被告人において当時これを察知していたのである。

四、ところで、被告人は大阪穀物取引所仲買人小川商事株式会社福岡出張所等の名義を以て多数の顧客より取引の取次方依頼を受け委託証拠金及び充用証券を受取つたのであるから、依頼を受けた取引の委託をすべて各顧客別に京都本社に取次ぎ、委託証拠金等も顧客別に同本社に送付すべく、本社はこれを正規の手続により受けいれ、同会社名義を以て顧客別に大阪穀物取引所に取引の委託をした上、損益の計算をなしてこそ被告人の右業務が同会社の営業に属するものと目し得るところ、被告人は多数の顧客から依頼を受けた右取引委託につき、その一部を顧客の氏名を明示しないで一括して漫然次々に京都本社に取次いだため、小川百合子はこれを被告人個人の思惑と見て小川博名義を以て仲買人虎谷商店に取次方を依頼し或は全然取次がないで取引所に上場せず、また他の一部を顧客の氏名を用いず、被告人自ら自己の別名小川操等の名義を以て一括して直接仲買人岡藤商事株式会社に取次方を依頼し、しかも福岡出張所等における備付の帳簿には顧客別に取引の損益計算をなし、また顧客から受取つた委託証拠金等も殆んどすべて顧客別に本社に送付しないで、被告人自らこれを保管するか自己名義を以て本社或は岡藤商事株式会社等に送付し、かくて被告人が多数の顧客から取次方依頼を受けた取引の殆んど全部が小川商事株式会社の営業として処理されなかつたのである。

五、尤も、小川百合子が同会社の印鑑、資格証明書、委任状、登記簿抄本、帳簿その他の書類を被告人に送付していることは所論のとおりであるが、これは同女が父親である被告人の強い要求を断りきれず、不用意且つ不本意乍らこれに応じたものであつて、被告人の前示業務を同会社の営業として容認する意図に出でたものではなく、さればこそ同女は被告人経営の店舗を小川商事株式会社の出張所として正規の登録をなさず、また被告人が依頼した取引委託の取次をすべて被告人個人の思惑と見て正規の手続により同会社に受けいれなかつたのである。しかしまた、同女は本社の運営全般を代表取締役小川文夫から委任された地位にありながら被告人に対し前示各種書類を送付し或は被告人の取引委託の取次を受けいれ、因つて以て外形的には恰も被告人が小川商事株式会社の名により営業することを容認する如き所為に出でたことも窺われないでもないから、情況によつては同会社が被告人のなした取引につき商法第二三条により善意の顧客に対して民事上の責任を負う場合があり得るとしても、また所論のごとく小川文夫が土井栄三郎、駒井司信、古閑喜一、鋤崎辰熊、御代田博等と和解契約をなし、亀井康展等と債務の分割弁済契約をして被告人が顧客となした取引委託の取次により生じた債務につき、同会社において責任を負う旨を表明した事実は明らかであるけれども、右は小川商事株式会社の社長たる同人において被告人が自己の実父である情義上、且つ小川商事株式会社の取引所に対する信用を憂慮して、被告人の取引上の債務を決済しようとする意図に出たに過ぎないものと認むべきであることからしても、これ等の事実を以て被告人の営業が真実同会社の業務としてなされたものであるという証左とはなし難い。

かようなわけで、被告人が仲買人小川商事株式会社名義を用いてなした本件営業はその内容において毫も同会社の業務としての実体を具備するものでなく、また同会社代表取締役小川文夫或は同人より経営一切を委任された小川百合子においてこれを同会社の営業として正式に承認したものでないのは勿論、被告人においてもこれを同会社の業務と信じ或は同人等の承認を得たものと誤信してなしたものではなく、(右福岡出張所が本社において登録されていないことはその金看板を有しないことから被告人は充分承知していた)被告人が同会社名義に仮託し自ら大阪穀物取引所における穀物清算取引委託の取次依頼を受け、これを更に他の仲買人に取次依頼をなし、以て業として売買取引委託の取次をしたものであつて、商品取引所法第九三条に違反して登録をした正規の仲買人でない者が商品仲買人の業務を行つたものと断ずべきであり、同法第四九条に違反して本店において出張所の登録を怠つた場合には該当しないものであるそれ故、所論のように被告人が当初小川商事株式会社の本社の事務を手伝い、名古屋出張所等の開設に立働き、小川文夫から資金を得て九州に来たこと、被告人の店で本社の書類、印鑑等が使用されていたこと、被告人から京都市所在の本社に一部取引が取次がれていること、及び昭和三一年一月より以前に被告人の取引について本社名義で訴訟がなされていること、その他その後において社長たる小川文夫において被告人の取引上の債務について決済をしていること等からして、小川文夫及び本社の事務を一任された小川文子が、仮りに被告人が社長から正式に承認されていないのに勝手に「小川商事株式会社福岡出張所」名義で商品仲買人としての業務を行つていることを察知していたとしても前示の結論に消長を来たすものではない。記録を精査しても原判決に所論の如き事実誤認、法令適用の誤は存しない。論旨は理由がない。

弁護人鶴田常道の控訴趣意第三点第四点、同補充控訴趣意について。

思うに、商品取引所法が第九二条において、商品仲買人は委託者から預託を受けて、又はその者の計算において自己が占有する物をその者の書面による同意を得ないで、委託の趣旨に反して担保に供し、貸し付け、その他処分してはならない、と規定した所以は、商品仲買人の取扱う取引の大量性と顧客の大衆性とに鑑み、仲買人が取引に関し占有する物について委託の趣旨に反する処分の同意の如き顧客に不利な契約は、これを安固且つ明確にしておき以て顧客の利益を保護することが同法第一条の目的に副うものと認めた趣旨と解されるから、右第九二条の規定は苟も仲買人が委託を受けた取引に関して自ら占有する顧客の物である限りすべてその適用あるものと解すべく、従つて仲買人が顧客に対する債権の担保として預託を受けて占有する有価証券を包含するものと解するを相当とし、これを除外すべき理由は全く存しない。このことは、同条と同趣旨を以て設けられ類似の立言形式がとられている証券取引法第五一条第一項についてもまた同様に解すべきことに徴し疑をいれないところであつて、同条第二項は第一項の制限を更に強化し証券業者が顧客に対する債権の担保として占有している有価証券については書面による同意を得ても当該債権の額を超える額の債務の担保に供することを許さない趣旨と解すべきもので、所論の如く第二項の規定があるからといつて第一項の証券業者の占有する有価証券中より顧客に対する債権の担保として占有する有価証券を除外すべき根拠とはなし得ないのである。

そして、商品取引所法には証券取引法第五一条第二項に相当する規定がなく、その第九七条第一項において、商品仲買人は受託契約準則の定めるところにより、商品市場における売買取引の受託について委託者から担保として委託証拠金を徴しなければならないと規定し、また大阪穀物取引所受託契約準則第一八条第一項によれば、委託者の預託する委託証拠金は市場性のある有価証券を以て充用することができると規定しているに止まるからというて、証拠金充用証券を委託の趣旨に反し、担保に供し、貸し付ける等の処分については何等の規制もなされていないものと見ることはできない。却つて前記受託契約準則第一一条で「仲買人は委託者から委託を受けて又はその者の計算において自己が占有する物件」を委託者の同意なくして委託の趣旨に反して担保に供し、貸し付け、その他処分することができない旨規定したのは前記法第九二条の規定を受けたものであると見るべきであつて、法第九二条は、証拠金充用証券についても、これを規制しようとした趣旨であることが明白である。なんとなれば、右委託証拠金充用証券の性質を考察するに、右準則第一四条第一項第二項に原審証人虎谷勇、山本義高、橋本重郎の各証言を参酌すれば、清算取引において商品仲買人(証券業者も同様)は顧客の委託に基いて売買取引を当該取引所で行うものであつて、その清算取引の代金債権又は取引により生ずる損害金請求権について顧客よりその債権を担保するために証拠金又はその代用として有価証券の預託を受けこれを保管するものであるから、取引所に当該取引の証拠金として一定の割合を差入れ、委託者に損失を生じた時には追証拠金を請求し、又は建玉の処分をすることもあり、なお、損失が出たときは、委託者にその清算を求め、これに応じないときに始めて委託者に通知した上で該充用証券を以てその弁済に充当される関係にあるので、これが一種の質権設定たる性質を有することは自ら明白であるが、債権の発生と同時に当然に換価してその債務の弁済に充当し得るものでなく、且つその担保権設定の当時に債権の発生及びその額は未だ確定しておらず、その存続期間の定めがあるというものではないのであるから、根担保たる性質を具有し、その委託の趣旨からしてその回収を確保する必要性が高いものであることが明らかである。それで、叙上の事由からして、前記同法第九二条においては証拠金充用証券についても、仲買人は当該委託者以外の売買取引にかゝる売買の証拠金として預託し乃至は値洗差金納入のため担保に供し、又は売却し、その他委託者と関係なく自己の運営資金調達のためこれを処分する等委託の趣旨に反して処分するには委託者の同意を要すること及びその同意は必ず書面によつて明確になされるべきことを規定する必要があつた(これに反するときは同法第一五五条に罰則がある)のは当然の理であるというべきである。

そして、元来民法第三四八条の規定する責任転質の場合においては質権者は設定者の承諾なくとも自己の債務のためその質権の上にその権利の存続期間内である限り質権を設定しても法律上許された権利の行使に外ならないから、担保として自己の占有する他人の株券を転質したとしても、これに対する不法領得の意思実行であるとして横領罪を以て論ずべきものでないこと所論のとおりであるが、前示のとおり本件のごとき担保権については民法の転質の規定はそのまゝ適用し得ないのであつて、本件において、原判決挙示の証拠によれば、被告人が売買取引委託の取次について、顧客から受取つた委託証拠金充用証券は記名株券であり、これに対する質権は顧客が取引上将来負担することあるべき債務を担保するものであるところ、昭和三一年八月二七、八日の処分当時原判示顧客の債務は存在しなかつたことが認められるから、被告人が右株券を自己の借入金のため担保に差し入れることは、被告人の有する質権の範囲を超え質権設定者である判示顧客に不利な結果を齎すものであつて委託の趣旨に反する処分行為であるのみならず、被告人が委託証拠金充用証券として顧客から預託された本件株券を自己の借入金の担保に供することにつき顧客の承諾を得たことは到底肯認し難く、また所論の如く右株券を被告人自身の取引所に対する売買証拠金代用証券として差し入れることにつき承諾を得た事、実も認められないので、被告人が前示証拠金充用の株券を処分した行為がその権限外の行為であることは毫も疑を存しない。それで、たとえ、右株券に添付されている白紙委任状や株券の裏書譲渡欄における捺印があつたとしても、これ等は、仲買人が顧客から債務の支払を受けない場合弁済に充当するため株券を処分するためのものであつて(準則第一八条三項参照)、これを以て顧客が被告人の借入金の担保に供することを承諾したものと認めることはできない。

以上のとおりであるから、被告人が当時顧客の債務が存しないのに、委託証拠金充用証券として顧客から預託を受けた原判示株券をその書面による同意を得ないで自己の借入金の担保に供したことは委託の趣旨に反し、その権限外の行為に属し、その行為は業務上横領罪を構成するものというべきである。記録を精査しても原判決に所論の如き法律解釈の誤、理由不備、事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

弁護人鶴田常道の控訴趣意第五点、弁護人堤千秋の控訴趣意第三点第四点第五点について。

原判決挙示の関係証拠によれば、昭和三一年八月二五日頃小倉地区の債権者多数が集り小川商事株式会社代表取締役小川文夫と交渉して、右債権者が被告人に預託していた委託証拠金充用証券についても当日の時価に換算した金額につき支払期日を同年一二月一〇日とした同人振出の約束手形の交付を受けることとし、西尾勇、大坪正幸、吉田繁がこれを受取つていることは所論のとおり認められるが、三宅正夫と中島武次は右約束手形を受取ることを承諾していないのみならず、原審並びに当審証人加藤一夫、小川文夫の各証言によれば、右約束手形の振出交付により被告人に預託されていた委託証拠金充用証券が売買により小川商事株式会社の所有に帰したものとは認め難く、右約束手形の交付は単に右証券又は当時既に処分済の証券に代る金員の支払を同年一二月一〇日まで延期する趣旨であつて、被告人の手許に残存する証券については右手形金額が支払われた時これを同会社の所有に帰せしめる趣旨であつたと認めるのが相当である。

そして、被告人において当時預託を受けていた委託証拠金充用証券を、それが担保たるの性質上当然に、或は約束手形の交付により同会社の所有に帰したものと考えたため自己の債務の担保に供する権限があると誤信していたとしても、それは畢竟法律の錯誤に帰するものであるから横領の犯意の成立を阻却するものとはいわれない。

また、原判決挙示の証拠によれば昭和三一年八月二七、八日当時所論の如く牛島忠次、松下一雄、森山重信信、川原卯一の取引上の計算尻が赤字となつていたものとは認められないのみならず、仮りに赤字の分があつたとしても、被告人は該債務の支払を受けるため正規の手続により委託証拠金充用証券を処分したものではなくして、他の証券と一括して自己の借入金の担保に供したものであるから、横領罪の成立は否み得ないところである。

また、被告人が杉本五郎、鶴義幸から預託を受けていた本件委託証拠金充用証券を自己の債務の担保に供したことにつき、所論の如く後日本人の承諾を得て示談し、或はそれが極めて短期間の融資を受けるためでしかも他の顧客の債務の弁済に充てる趣旨であつたとしても、かくの如きは毫も被告人の不法領得の意思の成立を否定すべき資料とはなし難い。

なおまた、原判決挙示の証拠によれば所論の如く商品仲買人において顧客から預託を受けた委託証拠金充用証券を担保に供して自己の金融を受けることが業界の慣習となつている事実は到底肯認し得ないところである。そして、被告人においてかかる慣習が存在するものと誤信し充用証券の担保差入が許されるものと信じていたとしても、これまた法律の錯誤に過ぎないから不法領得の意思の成立を阻却するものとはいわれない。

記録を精査しても原判決に所論の如き事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

弁護人鶴田常道の控訴趣意第六点、弁護人堤千秋の控訴趣意第六点、弁護人鶴和夫の控訴趣意第二点について。

よつて記録を精査するに、原判決当時の事情によれば原審の被告人に対する科刑は相当である。しかし、当審における事実取調の結果に徴すれば被告人は原判決後更に被害弁償として一〇〇万円を支払つていることが認められ、原審当時二〇〇万円の被害弁償をしていること、被告人は齢既に六五才を越えていること、被告人には二〇年以上以前の公正証書原本不実記載による懲役刑執行猶予の前科あるに過ぎないことその他諸般の情状を考察すれば、被告人が本件により多数の顧客に対し多大の損害を与えた点を考慮にいれても刑の執行猶予が相当であり、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認められるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九七条第二項に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すれば、被告人の原判示所為中仲買人でないのに業として取引委託の取次をした点は商品取引所法第九三条第一五五条第三号に(懲役刑選択)、業務上横領の点は刑法第二五三条に当るところ、右は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条により重い判示第二の業務上横領の刑に法定の加重をした上被告人を懲役一〇月に処し、同法第二一条を適用して原審における未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入し、なお同法第二五条に則り五年間右刑の執行を猶予し、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡林次郎 裁判官 中村荘十郎 裁判官 臼杵勉)

弁護人鶴和夫の控訴趣意

第一点事実誤認と法令適用のあやまり

(一) 原判決の摘示する第一事実は、被告人小川義人(以下義人と記載する)は正規の仲買人でないのに、「小川商事株式会社福岡出張所」と称して正規の商品仲買人の業務に従事したものであつて、商品取引所法(以下法と記載する)第九十三条第百五十五条第三号によつて有罪であると判示している。

(二) 然しながら、義人は福岡市内で前記業務に従事したのは、判示のような自己が独立した仲買人としての業を行う考えでしたものではなく、京都市に本店を有する正規の仲買人たる小川商事株式会社の福岡営業所としての業務に従事したものであつて、而も、その業務は、正規の手続きたる法第四十四条第一項第二号の登録申請書の提出、従つて同条第二項・同法第四十五条の手続きは完了したものと考えていたのであつて、正規のものと許り思つていたのである。

即ち、

(1)  小川商事株式会社の業務たる商品取引所仲買人たる業務は終戦前から義人が従事していたものであつて、小川商事株式会社は義人の実子だけ役員である同族会社であつて、謂わば義人を頭としての家業であつて、義人が除外される基調は全くなかつたこと。

(2)  小川商事の設立当時、偶々義人が沖縄渡航中であり、同会社は渡航前の義人の指示に基いて設立したものであつたこと。

(3)  義人は小川商事の本社の業務に従事したのち、名古屋市に赴いて、小川商事の営業所としての業務を開拓し、その基礎が固まると共に社長たる文夫にそこの業務の担当を引継ぎ、引続き豊橋市内に同会社の業務を開拓し、引続き、その業務を開拓するために福岡市に来た者であつて、自然な理解として、福岡市での業務は小川商事の業務であることを、義人並びに小川商事の全役員たる家族は考えていた筈であること、

(4)  福岡市での業務開設に当つて、社長たる文夫から百数十万円を名古屋駅頭で受取り、その金が福岡営業所の開設資金としか考えられなかつた状況が存在したこと、

(5)  同時頃、京都駅頭で、小川商事の諸用紙類・諸印章等を小川商事の監査役で社長の本社業務を代行していた小川文子から受取つていること、

(6)  福岡市で営業所を開設するに、小川商事又は小川商事の社長たる小川文夫の名義だけを使用して、銀行取引、電話名義店舗名義・取引全般の当事者名義を使用していること、

(7)  代用証券・証拠金を殆んど全部本件に送付しており、必要資金等もその都度本社から送付を受けていること、

(8)  福岡市における営業所の開設について、商品取引所等に対する申請等の手続きを完了すべきことを、社長業務代行をしていた小川文子に請求し、その手続完了の旨を小川文子から確答を得ていること、

(9)  随時に、小川商事本社及び小川文夫において、福岡営業所の業務が小川商事の業務であることを承認する言動を第三者に示していること、

(10) 昭和三十一年夏、当時福岡営業所の業績不振(主として文夫の指示による虎谷商店・岡藤商店等に対する取引の結果によるところであるが)であるのに、急ぎ福岡営業所を小川商事の営業所として登録手続を完了したのは、小川商事の社長たる小川文夫の指示によるものであこと、

等によつて観察すれば、小川商事の社長たる小川文夫は殆んど名古屋営業所に常駐していたので、小川文子が社長代行の仕事をしていたものであり、義人が斯様に考えて文子に福岡営業所の登録申請をすることを求め、文子は再度の義人の確認申入れに対して、その登録はすでに完了している旨を答えたので、義人は、福岡営業所が小川商事の支店・営業所・事務所としての登録申請及び爾後の公の手続きは完了していたと確信していたものであり、斯く確信すべき合理的な根拠は十分であつたことが認められるべきである。

(三)(1)  然しながら、現実には、文子の完了したとの答えに拘らず、何等登録申請がなされないで昭和三十一年八月に及んでいたのであるから、現実には、小川商事福岡営業所は登録申請のない営業所であつたから、小川商事としては登録申請をしないで開設営業した福岡営業所であり、福岡営所としては、小川商事の登録された営業所であることは否定される筋合になつていたのであり、その筋合が、判示のように、小川商事の名称を用いた義人の単独の不登録営業であつたと判示された理由であつたと思われる。

(2)  斯様な場合には、義人の単独の不登録営業が客観的真実であつたとしても、義人はその様なことを知らず、小川商事の営業所として登録を経たものであることを積極的に確信し、その確信には合理的な根拠が十分であるから、登録された営業所の業務と確信して不登録営業所の業務を実行した義人に対しては、事実の錯誤に基く行為として刑法第三十八条第二項を適用して不登録業務行為の責任を問うべからざる筋合である。

(四) 右の理由により、原判決は、義人が小川商事の営業所として業務に当つたのではなく、自己単独の業務を実行したとの事実認定において事実誤認に陥り、法第九十三条の違反行為があつたとしても、法第四十四条所定の適法行為であるとの確信により法第九十三条の行為であることを知らなかつたのであるから刑法第三十八条第二項により、義人に対して法第百五十五条第三号を以て臨むべきでないのに、これを適用した事実誤認、法令適用のあやまりに陥つたものである。

(五) 而して、右は判決に影響を及ぼすこと瞭らかな場合であるから、原判決は破棄されねばならない。

(六) 右に所論したことの証拠は一々詳細に上申すべきではあるが小川義人、同文子等の各供述調書及び陳述、及び電話関係・銀行取引関係等の諸証拠によつて瞭らかに知ることができることを上申することを以て容るされ度い。

弁護人鶴田常道の控訴趣意

第一点原判決は商品取引所法違反事件につき重大な事実の誤認により誤つて被告人に対して有罪の言渡をした違法がある。

第一、被告人は個人で商品市場における売買取引の委託の媒介をしたものではない。

一、小川商事株式会社は昭和二十六年商品仲買を主たる目的として、京都市を本社所在地として設立されたが、当時被告人が沖縄にいたため長男小川文夫、次男小川博、長女小川百合子等が発起人となつてこれを設立し夫々役員となつたものであるが、その経営は主として右三名が行つていた。而して当初の払込は大部分被告人の資金を以てなされていたものである。

(証人小川文夫の供述)

二、被告人は沖縄から帰つて来た後、京都本社において右小川商事株式会社の仲買の業務をなし、次いで名古屋市に小川商事の出張所を開設し、同出張所の事実が有望であるとの見通しが立つた後は、社長小川文夫が同出張所に赴き、爾来小川文夫は社長でありながら本社に出勤せず、名古屋市に定住して同所における業務に専念し、本社における一切の運営を妹小川百合子に委任して右会社の運営を行うこととなつた。

三、被告人は名古屋出張所の業務を社長たる小川文夫に引継いで後、豊橋の出張所を開拓し、次いで昭和三十年六月頃福岡市住吉宮前町に定住するようになつたものであるが、それ迄の間専ら小川商事株式会社の事業の拡張に努力し来り、且つ本店における事務並に運営の一切の権限が小川百合子に在ることを知つていたので、福岡市に住所を定めるに当り同女に対して、小川商事株式会社の福岡出張所としての登録手続をなすよう依頼し、福岡市住吉宮前町において小川商事株式会社福岡出張所の看板を掲げて商品取引の委託をうけるようになり、本社の小川百合子から福岡出張所の登録を済ましたとの回答を得て後、広く業務を拡張し来つたものである。

四、被告人は福岡において穀物清算取引の受託業務を開始するに当り、本社において、小川商事株式会社運営の一切の権限を有していた小川百合子から、小川商事株式会社の社印(角印)、代表取締役の丸印、営業案内、商品の値動きを記載した罫線図等を受領して来ており(小川百合子の第一回証言調書二一二項乃至二二三項)、又営業に必要な帳簿等の用紙(例えば昭和三十三年裁第三十一号三十の二長期清算取引客方売買口訳及計算帳、同第三十一号の百三十売買建玉調、同第三十一号の四十三の計算書、同第三十一号の五十九の報告書)も当初から本店で使用していたものを小川百合子から受取つて使用し、不足を生じたときは本店から送付をうけ(同人の前記証言調書三四八項乃至三六八項)、罫線図は毎週十乃至十五枚を本社から定期的に送付をうけ、福岡出張所に必要な電話数本は(最初の一本を除き)いづれも小川商事株式会社名義で買受けて登録をなし(登録に必要な会社の登記簿抄本や印鑑証明書は本社からその都度送付をうけている。前記調書三四一項乃至三四六丁)、送金並にこれが受領のための銀行の預金口座名はすべて小川商事株式会社とし、売買委託証拠金預り証、右代用証券預り証、手数料領収証、計算書等すべて本店所在地並に出張所所在地を明示した小川商事株式会社名義のものを発行し、委託をうけた売買の註文は殆んどすべて本社の責任者小川百合子に連絡していたものである。

五、以上の諸点は原審において取調べられた証拠によつて認められるところであり、被告人が行つた業務は客観的に小川商事株式会社の営業としての実体を備えているものであるが、更らに被告人が保釈の制限住居を京都市に変更することを許可されて後、京都市中京区三条通の本社所在地(自宅)の倉庫を探した結果、小川文夫、小川百合子が匿していた新な証拠が発見された結果被告人の福岡市における営業が、小川商事株式会社の業務の一部であることが明確に証明されることとなつた。

(1)  昭和三十年六月二十七日小川商事株式会社から福岡市住吉宮前町の被告人宛速達便にて、小川商事株式会社の資格証明書(同日附)並に代表取締役の委任状が送られている。

(ロ一号、封筒、資格証明書、委任状)

右は被告人が福岡市住吉宮前町に小川商事株式会社福岡出張所を開設するに当り、電話加入権を小川商事株式会社名義で購入する必要上本社に送付方を依頼した結果送つて来たものであるが、電話設置を急いでいた被告人がとりあえず社長小川文夫名義で購入していたため、当時右委任状、資格証明書は使用されず保管されていたのである。

(2)  小川商事株式会社は、昭和三十年、福岡出張所でなした穀物取引の顧客である大牟田市原山町藤本武吉に対し、大阪簡易裁判所に損害金請求訴訟を提起し、昭和三十一年一月二十五日勝訴の判決を得ている。(ロ二号、判決謄本)右事実は小川商事株式会社が被告人の業務を同会社の業務として処理していた事実を証明するものである。

(3)  小川文夫は、昭和三十一年十二月三日右判決に基く損害金六万二千九百二十円を準消費貸借に引直し、右藤本武吉から借用証を徴している。(ロ十一号)

(4)  小川商事株式会社本社は、昭和三十一年四月五日頃福岡出張所の電話加入権を担保に入れて資金を調達するよう指示し、代表者の記名押印のある電話加入権譲渡承認請求書(八通)、印鑑証明書(六通)、登記簿抄本(六通)を福岡出張所宛送つている。(ロ三号)

(5)  小川商事株式会社代表取締役小川文夫(以下社長小川文夫と略称する)は、昭和三十一年四月二十七日、福岡出張所を通じてなされた村上進、田中守の取引につき、名古屋市の出張所において、右両名の代理人土井栄三郎と和解契約を締結し、現金四十万円及び額面金十万円の約束手形一葉を同人に交付し、福岡出張所が昭和三十一年四月六日から十六日までの間に小川商事株式会社として発行した証拠金預り証六枚の返還をうけて債権債務の整理し、同時に交付をうけた報告書と共にこれらを福岡出張所の被告人宛送付している。(ロ七号、領り証〔小川商事KK福岡出張所なるゴム印が赤色で大きく押捺してある〕、報告書)右事実は社長小川文夫が福岡出張所の存在並に営業内容を知つていたということのみならず、これを会社の業務として認めていたことを示すものである。

(6)  社長小川文夫は、昭和三十一年五月一日にも福岡出張所を通じてなされた亀井康展外数名との間の取引につき債務の分割弁済契約を締結している。ロ十五号はその契約書写であるが、欄外に「これは父上には知らさん事に云つてある故参考迄によく見といて下さい」等文夫の筆蹟の記載がある。(ロ十五号、契約証書写)

次いで同年六月十八日同人等に対する内入金として金二十万円を名古屋出張所で支払つている。(ロ九号、受領書)

(7)  社長小川文夫は、昭和三十一年一月二十六日から同年四月十四日迄の間福岡出張所を通じて取引した田代正市との間に、同人が福岡出張所を通じてなした取引の帳簿残金五八、八〇〇円を名古屋出張所における預り金として名古屋出張所の帳簿に振替へ(ロ第十二号記載内容中、振替欄の記載は文夫の自筆である)、名古屋での小豆の清算取引を認め、十日には、福岡出張所が昭和三十一年一月二十六日、一月二十七日、四月十四日に発行した田代正市に対する証拠金の預り証の交付をうけ、その預り証の欄外に35・5・10回収と自らペン書し、本文に斜線を入れ、代表者印に鋏を入れ、田代正市及び岩井トモ子に対する報告書と共に被告人に郵送し、その手紙の中で、田代及び岩井トモ子の件は名古屋で解決したことを通知し、田代分は名古屋で建玉をした結果帳尻残が減少したので、福岡出張所の帳簿を訂正するよう指示し、岩井トモ子の分については、帳尻、計算書を名古屋出張所に急送するよう指示している。

この手紙は小川文夫本人の筆蹟であり、右各証拠は、社長小川文夫が福岡出張所の取引を小川商事株式会社の取引と認め、福岡出張所を通じて取引した債権者の債権を当然小川商事株式会社に対する債権であるとして処理し(昭和三十一年一月以降の分について認めていることが右預り証により認められる)、福岡出張所における取引関係の帳簿を小川商事株式会社の帳簿として取扱つていたことを証明するものである。(ロ十二号、長期清算取引客方売買口訳及計算帳、ロ四号、預り証二通、報告書三通、ロ六号、預り証一通、手紙一葉、封筒一枚)

(8)  社長小川文夫は、昭和三十一年六月十七日駒井司信(原審証人)との間に同人が福岡出張所を通じて昭和三十一年三月一日から六月一日までの間になした小豆売買清算取引につき示談契約を締結し、小川商事株式会社は六月十七日九万六百八十円の清算金のうち三万六百八十円を支払い、残額六万円を同年十二月三十一日限り支払うことを約束している。(ロ十三号、示談契約書)

その外、社長小川文夫は昭和三十一年六月九日、名古屋出張所において古閑喜一、鋤崎辰熊、御代田博、青木三枝、樋口太蔵等(何れも熊本関係分)との間にそれぞれ示談契約をなし一部金員の弁済をしている。(ロ十九号、示談契約書五通、受領書五通)

以上(1) 乃至(8) に記載した書証は、小川商事株式会社本社(責任者小川百合子)においては勿論、名古屋出張所においても、社長小川文夫自身、福岡出張所としての被告人の業務を、小川商事株式会社の業務として取扱つていたことを証明するものであつて、小川文夫の原審における、被告人の行為が右会社の業務と関係ない旨の供述が真実に反するものであることは瞭らかである。

(9)  小川商事株式会社から被告人への送金は、小川商事株式会社から小川商事株式会社への送金として各銀行の口座へ振込まれていたこと、被告人も小川商事株式会社の福岡の口座から大阪の口座へ送金していたことが、銀行発行の報告書によつて認められる。(ロ八号、報告書四枚)

(10) 被告人が証拠金代用証券として三宅正夫から預つていた株券は、起訴に係る住友商事株式会社の株式六〇〇株を除き、三洋電機株式会社株式一、〇〇〇株、東洋工業株式会社株式五〇〇株、大同海運株式会社株式三、〇〇〇株、日亜製鋼株式会社株式一、〇〇〇株、宝酒造株式会社株式六〇〇株の全部が当時小川商事株式会社の本社に送付されていたものであり、社長小川文夫は昭和三十一年十二月三日京都本社において、右住友商事株式会社の株式六〇〇株を除く株券全部を三宅正夫に返却している。(ロ十号、示談証書)

六、昭和三十一年七、八月頃京都地方裁判所には、小川商事株式会社に対する破産申立事件が係属していた。申立人たる債権者は東京都に本店を有する丸日産業株式会社であり債権額は六百数十万円であつた。右は社長小川文夫が小川商事株式会社として名古屋の土井商店、林商店、小山商店、秋田商店等の名義を以て東京都穀物取引所における穀物清算取引をした結果生じた負債であり、社長小川文夫は右事件につき会社が破産宣告をうけることを防止するため事件を杉原弁太郎弁護士に依頼した外、法廷外における折衝を父小川義人に依頼していた。昭和三十一年九月十二日と指定された破産事件の期日は変更の見通しがなく、本件の解決は小川商事株式会社にとつて焦眉の急務であつた。

社長小川文夫は被告人が右事件解決のため東京に出張することが出来るよう、社運を賭して福岡出張所関係の債務の整理に尽力し、昭和三十一年八月二十五日頃小倉市での債権者等との交渉が成立して後被告人をして東京に出張させ右小川商事株式会社と丸日産業株式会社との間の和解に当らせたのである。当時社長小川文夫と被告人とは小川商事株式会社の営業の存続のため一体となつて、渾身の努力を続けていたのであり、その間の両名の行動は、小川商事株式会社として、名古屋出張所福岡出張所間の一体感が、右両出張所の責任者である社長小川文夫及び被告人間において緊密この上ないものであつたことを示すものであり、業務上横領事件の控訴趣意について後述する通り被告人は昭和三十一年九月中旬自己の財産を処分して金三百万円を右丸日産業株式会社に支払い破産申請の取下をうけているのであつて、被告人の小川商事株式会社中心の行動は終始一貫して変るところがなかつたのである。(ロ五号、封筒、手紙、計算書、ロ十八号、譲渡証書、尚この点については証人を申請して立証する)

以上の事実は主観的に被告人が福岡出張所における業務を小川商事株式会社の業務として行つていたことを示すのみでなく、客観的に被告人の右業務行為が小川商事株式会社の業務としての実体を備えているものであり、本社においては勿論名古屋出張所にいた社長小川文夫もこれを小川商事株式会社の営業として承認していたことを証明するものである。

七、昭和三十年、三十一年当時、商品取引所自体においても仲買人が出張所等を各地に開設することを希望しており、又出張所などの開設後営業が成り立つ見通しがついてはじめて商品取引所法第四十九条に定められた登録変更の手続がなされるのが普通の状態であつたことは、証人国分金吾の証言によつて認められるところでしあり、単に小川商事株式会社福岡出張所の登録手続がなされていなかつたという形式的事実によつて、被告人が福岡出張所においてなした業務が小川商事株式会社の業務ではないと認めらるべきものではない。

よつて原判決が被告人の所為につき、被告人が仲買人としての登録をうけた商品仲買人でないのに商品市場における売買取引の委託の媒介をなしたものと認定したことは重大な事実の誤認であり、商品取引所法第九十三条、同第百五十五条第三号を適用して被告人を処断したことは法律の適用を誤つたものである。

(本件は、被告人が小川商事株式会社福岡出張所の責任者として、商品市場における売買取引の委託をうけていたのに、小川商事株式会社において登録を怠つていた点において商品取引所法第四十九条、第百六十一条第二項に該当する事案であるに過ぎない。)

第二、仮りに右主張が容認されないとしても、被告人は、

一、第一、の三、四、五、に記述の通り小川商事株式会社福岡出張所を開設したものとして仲買業務を開始し、小川商事株式会社福岡出張所の看板を掲げ、右会社の営業案内を用い顧客との取引のすべてにつき、本社から受領した社印、代表取締役の印を用い、電話加入権、預金の名義はすべて小川商事株式会社とし、商品の売買については本社における運営一切の権限を有する小川百合子に連絡してこれをなしたものであり、金員、代用証券送付等すべて小川商事株式会社宛に右小川百合子の居住する本店所在地にこれをなし、本社からの送金等の受領も亦小川商事株式会社名を以てなしており被告人の行動中に自己個人の営業という意識のあつたことを認むべき事実は全くない。

二、被告人は小川商事株式会社の名古屋、豊橋の各出張所を開拓し右は何れも右会社の出張所として登録されており、小川文夫の反対もうけておらず、本社において経営の任に当つている小川百合子は被告人の云いつけには何時も従つていたのであるから、福岡出張所からの売買の註文を常時右百合子が電話で受け、登録の点についてもそれを済ましたと百合子が返事をしていたこと等よりして、本社の小川百合子や社長小川文夫において被告人の業務行為を小川商事株式会社の業務として認めない態度に出るなどということは夢にも考えておらず、又昭和三十年六月頃から昭和三十一年三月頃まで福岡出張所における業務は何の蹉跌もなく営まれていたのである。仮りに裁判所において右営業行為を小川商事株式会社の行為と認定されない場合があるとしても、被告人としては自分の行為が小川商事株式会社の(福岡出張所としての)業務行為であり、京都の本社において同会社の業務の一部として処理されているものと確信して、小川商事株式会社の機関(出張所の長)として仲買の業務に従事しているものであるとの信念の下に行動していたものである。

小川商事株式会社は大阪穀物取引所仲買人として登録されていたものであり、その福岡出張所の登録は商品取引所法第四十九条に基く変更登録によつてなされれば足るものであり被告人自身が仲買人として登録をうけることを要するものでないことは謂うまでもない。

被告人は前記の通り小川商事株式会社の出張所長としての職務行為と信じて穀物清算取引の受託等の業務を行つていたものであるから、本件につき被告人には、自己の所為が「仲買人でない者の商品取引の受託乃至は委託の媒介」行為であるとの認識が全くなく、又かゝる認識を期待し得べき事情にもなかつたのである。

換言すれば、被告人は自己の行為が小川商事株式会社の正当な業務行為であると信じていたものであり、本社において、右会社の業務と認められない取扱いがあつたとしても、そのことは錯誤によつてこれを知らなかつたものであるから、被告人には商品取引所法第九十三条違反の故意がなかつたものである。(東京高裁昭和二四年(わ)第三三九号、同年一〇月二二日刑一二部判決、高裁刑集二巻二号一九〇頁)

原判決には事実を誤認し刑法第三十八条第一項第二項の解釈適用を誤り被告人に対し有罪の言渡をした違法がある。

第二点原判決判示第一の事実には重大な事実の誤認がある。

一、原判決は、「被告人は右取引所の会員でなく、農林省備付の商品仲買人登録簿に登録をうけた商品仲買人でないのに昭和三十年六月上旬から同三十一年九月上旬頃まで(中略)、右取引所商品仲買人たる岡藤商事株式会社、虎谷商店、小川商事株式会社に対し(中略)、再委託し以て業として商品市場における売買取引の委託の媒介をなした」との事実を認定しているが、右は誤認である。

二、被告人は小川商事株式会社に対しては同会社の福岡出張所長として、小川商事株式会社に対する鐘ケ江五三郎外約百数十名の顧客の大阪穀物取引所における穀物取引の委託を伝達したものである。(原判決摘示の委託者たる富永泉外五十一名の尋問調書、証人小泉広輔外三十五名の供述は、すべて取引の委託は小川商事株式会社に対してなしたものである旨供述しており、被告人個人に委託した旨を供述している者はない。)

三、被告人から取引委託の伝達をうけた者は小川商事株式会社の本店の運営の責任者としてこれに当つていた小川百合子であり、小川百合子は、これを福岡出張所を通じた註文として他の帳簿と区別してはいたが、委託者個人別に記帳していたものであり、これを被告人個人の註文(売買委託)として処理した事実はない。(小川百合子の証言御参照)

右小川百合子は当初被告人からの取引委託の伝達を放置していた事実はあるが、これとても被告人個人の註文と思つたからではなく、福岡営業所開設を社長が反対し社長から叱られるのがこわかつたがためであると述べており、被告人からは顧客の註文であることを告げられ、夜間その氏名を被告人から電話で通知され、これをメモして整理していたものである。(証人小川百合子の原審第一回尋問調書)

四、虎谷商店に対する取引の委託は、すべて小川商事株式会社からなされたものであることは、虎谷勇の昭和三十三年八月十日の尋問調書記載の通りであり、右取引の清算も小川商事株式会社との間になされていることも同証人の供述により明らかである。(尚小川百合子の第一回証言調書二六三項乃至二七九項御参照)

五、岡藤商事株式会社との間には、被告人が小川操の名義を以て直接註文をした事実があるが、岡藤商事株式会社との間に取引を開始したのは小川商事株式会社本社の業務運営の任に当つていた小川百合子が被告人に対して、小川商事株式会社の建玉の仲間預けを虎谷商店以外の店にもしなければならなくなつたので、他に廻してくれるようにと指示したことに因るものである。(小川百合子の第一回証人尋問調書二八〇項乃至二八五項)

即ち、小川商事株式会社で建玉をする限度を越えるようになつた際、小川商事株式会社の建玉を他の仲買人に預ける趣旨で岡藤商事株式会社に註文したものであり、これは小川商事株式会社の営業政策上なされたものであることは小川百合子が証言している通りである。

以上の点において原判決には重大な事実の誤認があり、右誤認が判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。

第三点原判決には事実誤認並に理由不備等の違法がある。

一、原判決は、(被告人は)「第二、昭和三十一年八月二十七日頃福岡市天神町五十五番地宝興産株式会社において前記営業に関し取引委託者鶴義幸外五名より清算取引証拠金の代用証券として預託をうけて業務上保管中の別表(一)記載の株券を擅に右会社代表取締役中野政義に対し同会社よりの借入金六十五万円の担保として差入れて横領し」た旨判示しているが、原判決は、別表(一)記載の株券を被告人が占有していたことの法律的性質を誤認し、因つて犯罪事実の判示に理由不備の違法を来している。

二、商品取引所法第九十七条第一項は、「商品仲買人は、受託契約準則の定めるところにより、商品市場における売買取引の受託については、委託者から委託手数料を徴し、及び担保として委託証拠金を徴しなければならない。」と規定している。

被告人が保管していた別表(一)記載の株券は商品取引所法第九十七条第一項に規定された証拠金の代りに顧客から交付されていたものである。即ち右株券はそれぞれ顧客たる鶴義幸外五名に対する穀物清算取引の代金債権(又は損害金請求債権)の担保として被告人により保管されていたものである。

而して、かかる証拠金代用証券は顧客が債務を弁済しない場合には換価して債務の弁済に充当されることが約定されているのであるから、右は流質契約と解すべきであり(商法第五一五条)右株券は質権の目的物であつたものと解すべきである。

三、商品取引所法第九十二条は、「商品仲買人は委託者から預託をうけて、又はその者の計算において自己が占有する物をその者の書面による同意を得ないで、委託の趣旨に反して、担保に供し、貸し付け、その他処分をしてはならない」と規定しているが、この規定は仲買人が担保として占有している物について規定したものではない。

(検察官の論告要旨はこの趣旨を誤解し、本件の場合が右九十二条に該るものとして立論されている。又、大阪穀物取引所の受託契約準則第十一条は、右第九十二条の規定を受けて定められたものであつて、担保として占有している物について規定したものではない。)

このことは、右規定を証券取引法第五十一条第一条、第二項の規定と比較すれば瞭らかである。

証券取引法第五十一条第一項は、「証券業者は、顧客から預託を受けた有価証券又はその計算において自己が占有する有価証券を担保に供する場合又は他人に貸付ける場合には、大蔵省令で定める事項を記載した書面による同意を受けなければならない」と規定している。この規定は商品取引所法第九十二条の規定と同趣旨の規定であり、同様の場合を規定しているものであることは瞭らかである。(証券取引法が同意の書面の様式を特定している点において差異があるのみである。)

而して、証券取引法第五十一条第二項は、「証券業者は顧客に対する債権の担保として占有している有価証券を当該債権の額を越える額の担保に供してはならない」と規定している。

右証券取引法第五十一条第二項の規定があることによつても、同条第一項は顧客に対する債権の担保として占有している有価証券を包含するものでないことが明白である。

従つて、証券取引法第五十一条第一項の規定と略々同文である商品取引所法第九十二条は商品仲買人が担保として占有している物について規定したものでないことが文理上のみならず証券取引法の前記規定との対照上、瞭らかである。

四、右証券取引法第五十一条第二項の規定は、民法第三百四十八条に規定する転質権の存在を前提とし、その要件を加重したものと解される。即ち、証券業者は元来顧客に対する債権の担保として占有している有価証券を顧客の同意を得ることなく自己の債務の担保に供することが出来るのであるが(民法第三百四十八条)、証券取引法第五十一条第二項の規定により、顧客に対する債権額を超える債務の担保に供してはならないと云う制限を受けているものと解すべきである。而してこの規定の違反については証券取引法は第二百五条第一号において、三万円以下の罰金に処することを定めているのである。

商品取引所法には、証券取引法第五十一条第二項と同趣旨の規定は存しないから、商品仲買人は、担保として占有している有価証券を自己の債務の担保に供することを禁じられているものと解すべきではなく、当然民法第三百四十八条に基く転質の権利を有するものと解しなければならないものである。

五、別表一記載の株券は商品取引所法第九十七条に規定する担保としての委託証拠金に代るものとして担保として交付されていたものであることは原審において取調べられた証拠上明らかであるにも拘らず原判決が、右株券が担保として保管されていたものであることを認定しなかつた点において事実の誤認があり、右事実を判示していないこと自体理由不備又は事実理由と証拠理由との間に理由くいちがいの違法があるものと謂うべく、担保として占有するものを自己の債務の担保に供することは民法第三百四十八条の規定の範囲内において許されているものであり直ちに横領罪を構成するものでないのに(大審院大正一二年(れ)第一二二四号、大正一四年七月一四日刑聯決定)、被告人の担保供与(質権設定)行為が質権者としての責任転質の範囲内の行為であるか否かを確定することなく直ちに横領罪を構成するものとして刑法第二百五十三条を適用した点において、原判決には審理不尽、理由不備乃至理由齟齬の違法並に法律の解釈適用を誤つた違法があるものと謂うべきである。

六、原判決判示第三の事実についても第二〇事実についての右控訴趣意と同一の理由により、事実誤認、理由不備等の違法並に法律の解釈適用を誤つた違法がある。

第四点委託証拠金代用証券は、顧客が商品市場における売買取引に基く債務の担保として商品仲買人に交付しなければならない現金(商品取引所法第九十七条第一項)に代えて商品仲買人に交付したものであり、商品仲買人においてこれを保管し、又は商品取引所に対し商品仲買人が預託すべき売買証拠金の代用物として(商品取引所法第七十九条第一項、第二項)取引所に預託することを承諾して交付したものである。

而して、商品仲買人が商品取引所に対して売買証拠金として、預託する現金又は有価証券は商品取引所における売買取引の担保となるものであり、顧客は商品仲買人に対して委託証拠金代用証券を交付する際右事実を承認しているものであるからこの意味において転質(転担保)を承諾しているのである。

即ち委託証拠金代用証券は、商品仲買人が、商品仲買人の商品取引所(穀物取引所)に対する債務の担保に供することを承諾した顧客から、交付をうけて受領したものであり、商品仲買人は右証券につき一種の処分権(民法第三百四十八条の転質権については第三点に記述の通りであるが、この外に、承諾による商品取引所への転質権)を有しているのであるから、承諾による転質の権限を濫用し他の債務の担保に供したからと云つて直ちに横領罪を構成するものではない。(名古屋高裁昭和二六年一月一六日判決、特報二七号二頁御参照)

然るに原判決が、右の点につき何等判断を示すことなく、単に代用証券として預託をうけて保管中の株券を宝興産株式会社に対する債務の担保に差入れて横領したと判示していることは、理由不備又は法律の解釈適用を誤つた違法に陥つたものと謂はざるを得ない。

弁護人鶴田常道の控訴趣意(補充)

一、商品取引所法第九十二条の解釈について。

同条は商品仲買人が担保として占有しているものについて規定したものでないことは既に述べた通りであるが、更らにその理由を附加陳述する。

本条は商品仲買人が、「委託者から預託を受けて占有する物」又は「委託者の計算において自己が占有する物」について規定したものであり、商品仲買人は委託をうけて商品を販売し又は買入れるものであるからその販売又は買入の委託の対象となる商品を指称して物という表現が用いられたものであり、本条が委託による売買の対象となる物につきその保管方法並に処分の制限を規定したものであることは、証券取引法第五十一条第一項が、証券業者は「顧客から預託をうけた有価証券」又は「顧客の計算において自己が占有する有価証券」についてその保管方法の制限を規定しているのと対比することにより明らかであると思料する。

即ち右二箇の法条は問屋(商法第五百五十一条)たる商品仲買人又は証券業者が販売又は買入をなす仲買の目的物について規定したものと解すべきである。

右解釈は証券取引法第五十一条第二項が、証券業者が担保として占有している有価証券については全く別異の規定をなしている点よりして容易に肯認せらるるものと信ずる。

よつて、商品取引法第九十二条は商品仲買人が担保として占有している有価証券について規定したものでないこと(責任転質を許さぬ趣旨の規定でないこと)が明らかであると思料する。

二、民法第三百四十八条の責任転質について。

民法第三百四十八条の責任転質については、質権者が質権設定者との間に転質をしないことを特約していた場合、その特約に違背して転質権を設定した場合においても民法第三百四十八条の要件を充たす限り、その転質権は有効である。

この法理は大審院判例の示すところである。

(大審院昭和一四年(オ)第一〇八七号昭和一五年二月二四日民四判、判決全集七輯八号一八頁、第一法規版判例体系9(1) 二六七頁)

右判決において大審院は、株式取引所取引員が委託者との間に、将来株式短期清算取引の建玉委託の場合これを履行する契約を締結し、右取引員がその契約の履行により蒙ることあるべき損失に充当するため委託者から証拠金代用として定期預金証書の交付をうけ、その預金債権につき権利質(原質権)の設定をうけ、その際取引員が将来委託者から現実に株式短期清算取引の建玉委託を受けるまでは右預金債権を他に転質しないことを特約していたにも拘らずこれに背き、建玉委託を受ける前に、即ち何等の債権も発生しない前に自己の責任を以て第三者に対する債務担保のため転質権(民法第三百四十八条の責任転質)を設定した事案につき、原質権が存続している間は、特約に反した転質権も原質権の範囲内において存続するものであることを間接に判示しているのである。

換言すれば、質権設定をうけた者(質権者)はその質権の内容として当然に、自己の責任において転質する権利を有するものであり、この転質は質権設定者との間に転質しない旨を特約していた場合においても有効であり、民法第三百四十八条の規定に適合する限り、原質権設定者の権利を侵害するものとはならない。

従つて、かかる転質も犯罪を構成するものではないと謂うべきである。

よつて、原判決(判示第二、第三の事実)には、審理不尽、理由不備、法律の解釈適用の誤りの違法あるものと謂はざるを得ない。(尚、広島控訴院昭和一二年(ネ)第一七二号昭和一四年六月一九日民一判決、前記判例体系9(1) 二六二頁御参照)

被告人小川義人の控訴趣旨

第一点原判決は「被告人は大阪穀物取引所仲買人であつた小川商事株式会社の社長小川文夫の実父であるが」、「右取引所の会員でなく農林省備付の商品仲買人登録簿に登録をうけた商品仲買人でないのに昭和三十年六月上旬頃から同三十一年九月上旬頃までの間肩書住居に『小川商事株式会社福岡出張所』なる看板を揚げて営業の本拠とし」て「業として商品市場における売買取引の委託の媒介をなし」たとの事実を認定せられているけれども、左記理由によつて、事実の誤認があるものと思料される。

(一) 右判示によれば、被告人が小川商事株式会社と無関係に「小川商事株式会社福岡出張所」なる名称の下に無登録の営業をなした事実を認定されているけれども、その営業開始時の実情、更に、その営業の実態を証拠によつて検討すれば、そのしからざることは明に証明できるものである。

(二) 被告人は原判決の摘示する原審に於ける供述並に被告人の司法警察員及検察官に対する各供述調書を通じ一貫して小川商事株式会社福岡出張所の開設を計画し、実行したことを供述している。その供述が真実であることは左の諸点より裏書されている。

(イ) 業界に於て出張所を開設する際は、出張所の登録を受けた後営業を開始するのでなく、一応出張所を開設して商況をみて登録を受けるのが実情であつたことは証人国分金吾の証言で明であり、小川商事株式会社が名古屋、豊橋の各出張所を開設した際の実情からも(被告人の原審に於ける供述並に証人小川文夫の証言)出張所の登録を受けなかつたことから、直ちに、被告人が自己の営業を開始したとは認められない。

(ロ) 福岡営業所開設に当つて、小川商事株式会社代表取締役小川文夫はその資金を与へている。(昭和三一年一二月一一日被告人の供述調書、証人小川文夫の証言但し趣旨の点は後に説明するところ参照)顧客との取引に要する印刷物は勿論銀行との取引、電話名義等凡て小川商事株式会社の商号を以てなし、同会社の取引としてなされている。その営業の実態からみても京都所在の小川商事株式会社の本社への連絡取次がなされ、京都の本店在勤の同会社監査役小川百合子が本社事務として処理していたものである。この点は原審証人小川百合子の証言によつて明にし得るところである。福岡営業所と本店との金銭上の出入は福岡営業所よりの送金一、五六五万円、返送された金員も七二三万余円に達している。(昭和三一年一二月二〇日被告人の供述調書)その営業の実質が小川商事株式会社に帰属していたことを窺うことができる。

(ハ) 福岡営業所の取引に関し、小川商事株式会社は昭和三一年一月一一日藤本武吉に対し民事訴訟を提起し、(昭和三一年一二月一九日被告人の供述調書)森田安太郎は小川商事株式会社に対し民事訴訟を提起し同会社の肥後銀行の預金を差押へ之を取立てている。(証人森田安太郎の証言)又昭和三一年二、三月頃からは小川商事株式会社代表取締役小川文夫が熊本関係の取引先の代理人原弁護士その他のものと交渉したことは同人の証言によつて明である。従つて、福岡営業所その他熊本、小倉等の取引が小川商事株式会社の取引であつたことはその営業の外形からも、又実質からも、之を疑う余地はない。原判決の挙示する顧客に対する証人調書によるも一人として被告人小川義人個人の営業であると供述するものはない。

(三) しかるに、原判決は「小川商事株式会社福岡出張所」を小川義人個人の営業と認定されている。その根拠は恐らく、福岡出張所の開設を関知しないとの証人小川文夫の証言によつて、被告人小川義人個人の営業と断定されたと思われるけれども、同証人は本件捜査の開始当時、小川商事株式会社名古屋支店の経営者として他の事件について同じく捜査を受けていたものであるから、本件によつて、更に、追求を受けることを恐れたための証言としか考へられない。証人小川文夫に対し真実の証言を求めれば、同人は少くとも出張所の登録をなさなかつた義務違反(商品取引所法四九条違反)の責を免れないので、同証人に対し真実を供述せしめることは不可能である。右事情は同証人の証言と被告人の弁解とを対比し勘案すれば、自ら明白になるものと思われる。

原判決が前記の事実を看過して、たやすく、福岡出張所等九州の営業を被告人小川義人個人の営業と認定し、之を基礎として、無登録営業違反として商品取引所法第九三条を適用処断されたのは重大な事実の誤認があるものと思料される。

第二点原判決は被告人に対し無登録による営業者として商品取引所法第九三条を適用処断されているが、犯意のない被告人の行為に対し右法条を適用した違法があるものと思料される。

(一) 前記第一点記載のとおり、被告人は小川商事株式会社代表取締役小川文夫の承認の下に福岡出張所を開設して、これが責任者として営業を営んでいたものである。このことは原審に於ける被告人の供述並に原判決摘示の被告人の供述調書によつて明である。

(二) しかるに、原判決認定のとおり、前記代表取締役の承認がなかつたとすれば、被告人小川義人は代表取締役小川文夫の承認があつたものと信じ、小川商事株式会社福岡出張所として、公然営業所を開き、京都所在の本店へ商品市場における売買の委託の取次をなして、従たる営業所としての経営を営んだものである。

(三) このことは、被告人小川義人が小川商事株式会社の従たる営業所の登録を京都の本社に依頼していた事実(証人小川百合子の証言及被告人の原審に於ける供述)並に右営業所の登録が昭和三十一年九月になされた事実よりして明であつて、被告人が小川商事株式会社の営業所として経営していたことを認めることができる。更に、小川商事株式会社が岡藤商事株式会社及び虎谷商店に対し福岡出張所関係の取引の精算をなした事実と小川文夫が被告人小川義人の実子であることを併せ考慮すれば、被告人が、小川文夫の承認があるものと信ずるのは当然のことと思われる。

(四) 被告人小川義人が商品仲買人である小川商事株式会社代表取締役小川文夫の承認の下に「福岡出張所」の開設がなされたと信ずるにつき、前記のような事情がある場合には、仮りに、右の承認がなかつたとしても、被告人小川義人が右の承認があるものと信じ行動した錯誤は何等責めらるべきでない。唯、従たる営業所の登録を受けてなかつたという事実に対してはその責を免れないとしても、(商品取利所法第四四条一項二号第四九条第一六一条二号)原判決認定のように、被告人が無登録で商品市場における売買取引の委託の媒介をなす犯意を有していたとは認められない。

この点に於て、原判決には判決に影響を及ぼすこと明な事実の誤認があるものである。

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